「歯石を取るだけで終わりじゃない。歯周病予防の本当のゴールとは?」
- 2025年11月19日
- むし歯・歯周病
目次
1. はじめに:なぜ多くの人が“歯石さえ取れば大丈夫”と思ってしまうのか
歯科医院に行くと、「歯石を取ってもらいました」「歯石さえ取れば安心と思っていました」という声を、今でも多く耳にします。
これは患者さんの誤解ではありません。むしろ歯科医療側が作り出してしまった誤解だと言ってよいでしょう。
まず、縁上歯石は鏡で見ると白く・黄色く見えるため、「取らなければいけない汚れ」と直感的に理解しやすい。
さらに、昔から歯科医院では「治療が終わったので、今後は定期的に歯石を取りましょうね」という言葉が当たり前のように使われ、保険制度の構造も「歯石を取る=点数がつく」という仕組みを助長してきました。
その結果、
歯石=悪いもの → 取れば歯周病は防げる
という単純化された考えが広がってしまったのです。
しかし、実際の歯周病治療はもっと複雑で、もっと科学的です。結論から言えば、
歯石除去は歯周病治療の「ひとつの工程」にすぎず、主役はセルフケア(プラークコントロール)です。
この前提を軸に、本当の歯周病予防の姿を紐解いていきましょう。

2. 歯石とは何か?:問題の本質は“歯石そのもの”ではなく“細菌の温床”
歯石は、歯垢(プラーク)が唾液中のカルシウムによって硬く固まったものです。
ここで重要なのは、
歯石そのものは毒ではない
という点です。
歯石が問題なのは、あくまで“細菌が住みやすい環境をつくってしまう”こと。表面がザラザラしているため細菌が付着しやすく、炎症が進みやすくなります。
つまり歯石除去の目的は、
細菌の足場を減らして、患者さんのセルフケアが成功しやすい環境を整えること
であり、「歯石ゼロにすること」自体が目的ではありません。
3. 歯石除去はプロフェッショナルケアの一部にすぎない
歯周病治療やメインテナンスの中では、歯石除去は“ごく一部”の工程に分類されます。
・歯周基本治療
・SRP
・プロフェッショナルクリーニング(PMTC)
・メインテナンスでの評価と調整
これら一連の流れの中に、歯石除去も含まれているだけです。
歯石取りは終わりでも始まりでもなく、サイクルの中に淡々と存在する行為。
目的はあくまで「患者が毎日行うセルフケアが成功する状態を整えること」です。
4. 完璧な歯石除去は不可能 ― 科学的根拠から
ここで、多くの歯科関係者が知るべき重要な事実があります。
実は、どれだけ上手な歯科衛生士や歯科医師でも、完璧な歯石除去は不可能であるということです。
4-1. 歯科衛生士・歯科医師でも取り残しが出るというエビデンス
歯周病学の歴史的研究として有名なものを挙げます。
・Stambaugh et al., 1978
→ 熟練者がSRPをしても、30〜40%の歯根面に歯石が残存
・Waerhaug, 1978
→ ポケットが深くなるほど、残留歯石の割合が高くなる
・Brayer et al., 1989
→ 深いポケットでは、SRP後でも高頻度で歯石が残る
これらの研究は世界中で引用され、いまも歯周病治療の前提として扱われています。
つまり現実には、
「歯石を全部取ってもらった」は、科学的には成立しない。
4-2. では“完璧でなくても”歯周病は治るのか?
ここが本質です。
歯石が少し残っていても、
細菌の総量が減り、宿主(患者)の免疫が落ち着いていれば歯周病は進行しません。
つまり、
・歯石ゼロ
よりも
・炎症ゼロ
が重要。
歯周病は「細菌の量」と「免疫の強さ」のバランスで決まる疾患です。
残留歯石が少量あっても細菌が増えにくい生活が維持されていれば、歯周病は進行しません。
5. 歯周病予防の本質はセルフケアにある
ここまでの内容を踏まえると、歯周病予防の主役は明らかです。
それは 患者自身が毎日行う“セルフケア” です。
歯科衛生士の仕事は、「歯石を取ること」ではなく、
患者がセルフケアを成功させるための専門的サポート
です。
・適切なブラッシング方法の提案
・歯間ブラシ・フロスの選定
・磨けていない部分の見える化
・行動変容の支援(続けられる仕組みづくり)
つまり、歯科衛生士は
“患者の毎日の現場”を設計するプロフェッショナル
であり、歯石除去はその中に含まれた一工程にすぎません。

6. なぜ歯石取り中心の誤解が広がったのか:歯科医療側の構造的背景
6-1. 視覚的誤誘導
見える歯石は直感的に「悪そう」「取らなきゃ」と感じさせる。
6-2. 歴史的な声かけ習慣
「治療が終わったので、今後は定期的に歯石取りを」
→ 誤解を定着させた原因。
6-3. 保険制度と点数構造
歯石を取れば点数が入る → 歯石除去中心の説明が普及。
6-4. 医療者側の理解不足
歯石=悪、取れば治るという誤った教育が長年続いた。
これらが合わさり、国民に「歯石を取れば良い」という誤解が広まったのです。
7. 歯周病予防の本当のゴールは、“細菌が増えにくい状態を続けること”
歯石ゼロを目指すのではなく、
炎症の少ない状態を長期的に維持すること
こそが目標です。
そのための流れは、
1. 評価(プラークの量、出血具合、歯周ポケットなど)
2. セルフケア支援
3. プロフェッショナルケア(歯石除去含む)
4. 再評価
5. メインテナンス
というサイクルです。
歯石除去はこのループに自然に組み込まれた工程であり、特別な“主役”ではありません。
8. 患者さんが今日からできること
・歯間ケア(フロス・歯間ブラシ)を1日1回入れる
・自分の磨き残しがどこに出やすいか把握する
・道具選びで迷ったら必ず衛生士に相談する
・メインテナンスを“歯石取りの日”ではなく“健康チェックと改善の日” と考える
これだけで歯周病のリスクは大きく下がります。
9. まとめ:歯石取りの時代から、セルフケア中心の時代へ
・歯石除去は必要。しかし、それ自体は治療の一部にすぎない
・完璧な歯石除去は不可能であるという科学的事実
・歯石が少し残っても、免疫バランスが整っていれば歯周病は進行しない
・歯科衛生士の本当の価値はセルフケアを成功させる支援にある
・歯石取りは“終わり”でも“始まり”でもなく、予防のループの一工程
歯科医院と患者さんが“チーム”になってこそ、歯周病は確実にコントロールできます。
